池袋の歴史、どこまで知っていますか?~Part1~
皆さま、こんにちは🎶
広報担当のアナログZ世代、ちゃんみなです(^▽^)/
2月も2週目になりました!
今月は祝日が2回あるからかよりすぎるのが早く感じちゃいます😿
今週は特にちゃんみなはお休みをいただく日もあるので
より早く感じてしまいますね。。
最大・最長の寒波のピークが終わったとニュースで流れていましたが、
この感じだとあっという間に梅雨が来て、気づいたころには気温30度越え…!
も全然ありえますよね🥵🥵🥵
なんだか季節が過ぎるのが早く感じてしまうことに
少し悲しくなってしまいました。。
なるべくたくさん季節をゆっくり堪能して過ごしていきたいですよね。。
そのためにも季節イベントはしっかりやっていこうと思います!(笑)
(ちなみに今月はもうすぐバレンタインですね🍫♪)
さて、本日の本題なのですが、、、
突然ですが皆さん!
池袋の歴史ってご存じですか?
渋谷、新宿は何度かテレビやネットなどで
特集組まれているのを見たことがある気がしていたのですが、
池袋ってあんまり歴史のこととか、発展の過程って紹介されてなくないですか?
実はちゃんみな、歴史が好きなのでそういうの気になっちゃうんですよね(笑)
ということで、少し池袋がなぜ池袋と呼ばれるようになったのか、
池袋はどんな過程で発展していったのかを調べてみました!
今回は「池袋」の名前の由来についてお話ししようと思います🦉
実は池袋は「池袋村」というのが江戸時代に存在していたのですが、
ほとんどが農地でお屋敷もありませんでした。
その池袋周辺は窪地になっており、そこにたくさんの池がある低湿地だったそうです。
なかでも、池袋駅の近くに合った「丸池」は袋の形をしていたことから別名「袋池」とも呼ばれており、そのことからそこら一帯を「池袋」と呼ぶようになった説があります。
袋池は時代の流れとともに1970年代に埋め立てられてしまいましたが、
「池袋」という地名の由来になった池として、現在は「豊島区立四家袋史跡公園」と名前を変えて存在しています。
池袋村は大塚から板橋宿へ出る途中の通り道だったのですが、農地だったこともあり、夜になると辻斬りや追剥が出没する治安の悪い地帯でした。
1721年、一晩で17人もの人が辻斬りの被害にあったことから、池袋村の有志によって建てられた「池袋四面塔尊」が建てられたのですが、これに関する都市伝説的な話もあるので気になった方は是非調べてみてください😸😸✊✊✊✊
いままであまり疑問に思ってこなかった「池袋」の地名ですが、
いけふくろうなど梟を象徴としたものが多くあるので調べ始めたときは「フクロウ」が名前の由来に関係しているのかなと思っていましたが関係ありませんでしたね😂😂
皆さんも私と同じように思っていた方は多いのではないでしょうか?
またこれで一つ、池袋に愛着が湧いちゃいましたよね😸🫶
次回はなぜモチーフが「フクロウ」になったのかを
調べて皆さんにお伝えできればいいなと思っています!
それでは、また次回のブログでお会いしましょう🌈
以上、ちゃんみなでした🎤
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